2016年4月28日木曜日

芸術表象論特講 #20

20151125日に開催された「芸術表象論特講 #20」
今回は、女子美術大学図書館との共同企画により開催されました。
ゲストは日本美術史研究者の亀井若菜さん、そしてブリュッケ編集者の橋本愛樹さんです。


亀井若菜さん(日本美術史研究者)
橋本愛樹さん(ブリュッケ編集者)
亀井若菜さんは20156月に『語り出す絵巻––「粉河寺縁起絵巻」「信貴山縁起絵巻」「掃墨物語絵巻」論』(以下『語り出す絵巻』)という本を、出版社ブリュッケから刊行されています。そのブリュッケをひとりで経営されており、唯一の編集者でもある橋本愛樹さんは、2012年に開催された芸術表象論特講 #17の際にも、ゲストとして来て頂いています。


今回のレクチャーでは、亀井さんが執筆した美術図書『語り出す絵巻』のなりたち、そして内容を中心に、亀井さん、橋本さん、そして本学の北澤憲昭先生の名により、著者、編集者、読者、それぞれの視点から様々なお話をして頂きました。





 この本が出た経緯として、刊行される前の年に、亀井さんから橋本さんへ「今こんなことを考えていて、それがもうすぐまとまるので、本にして頂けないか」という相談があったそうです。橋本さんは、ブリュッケを立ち上げて20年になるとのことですが、一人きりの個人出版社であるため、編集作業、校正作業も一人でこなすのは勿論、今回のように著者から企画を持ち掛けられた際には、その場で判断しなければならないと話されていました。

橋本さんは、12年前に『表象としての美術、言説としての美術史––室町将軍足利義晴と土佐光茂の絵画』という亀井さんの本を出しており、また、亀井さんの恩師であった美術史家の千野香織先生とは、橋本さんがこの業界に入った頃から交友があったそうです。お話の中で14年前、千野さんが49歳で亡くなられた時に、千野さんの衣鉢を継ぐ人、千野さんのジェンダー論を継承していく人がいるのなら、無条件で出版しようと心に決めていた」と橋本さんが仰っていたのが印象的でした。勿論、橋本さんは亀井さんの日本美術史研究に対する姿勢も存知しており、こうした好条件が幾つか重なったことで、一も二もなく今回の出版に至ったとのことでした。

そして特に橋本さんが人に譲りたくないのは、挿図のレイアウトとのことで、著者の言いたいことに沿って四苦八苦しながら作業をするのが楽しみだそうです。しかし、今回の『語り出す絵巻』に関しては、すべて亀井さんがおこなってしまい、楽しみを奪われたと笑いながらも「さすがによく出来ていて感心し、ああ、なるほどなるほど、と納得して作業を楽しむことが出来た」とのことでした。また、北澤先生いわく、ブリュッケの本は大体本文からジャケットや帯へ引用や抜き書きが載るそうですが、それは編集者である橋本さんが、内容全てを何度も読み、ここぞという部分を抜き出してくれるそうです。「まず最初の読者として、編集者って非常にありがたい存在だといつも感じている」と話されていました。


 亀井さんにとって2冊目の本となる『語り出す絵巻』は、つの絵巻について語られており、これらは全て女性が主人公の絵巻です。「10年ちょっと掛けて全身全霊を込めてというぐらい一生懸命書いた」と話されており、その中でも特に「粉河寺縁起(こかわでらえんぎ)絵巻」について書きたかったとのことで、レクチャーでは時間が限られていることもあり、今回は主に「粉河寺縁起絵巻」についてお話をして頂きました。



粉河寺縁起絵巻」には二つの話が収められており、第一話は、粉河で猟師が観音堂を立てる話。そして第二話は、河内国の長者の一人娘の病が粉河観音のおかげで病が治り、翌年、粉河の観音の前で、娘と一族の者が出家をしたという話です。

亀井さんは、2003年に奈良国立博物館で開催された「女性と仏教〜いのりとほほえみ」という展覧会で、初めて「粉河寺縁起絵巻」をじっくり見ることができ、「その時に、ふっと思ったことが、考えるきっかけだった」と話されていました。亀井さんは、この絵巻のことを以前から知っていましたが、実際に長いガラスケースの中に展示された第二話の絵を見ていると、主人公である女性の目立たない描かれ方、美しいと思えないような表現などに疑問が湧いたと言います。そして病気が治った娘とその一族が、いきなり出家をしてしまうことに対しても、このお金持ちの家はどうなるのだろう?  と疑問に思われたそうです。亀井さんは女性やジェンダー研究に対する関心も強かったため、この絵巻について考えてみたいと思われたそうです。

 これまでの研究では「粉河寺縁起絵巻」は、平安時代に後白河院が作ったものだとされていたそうです。しかし後白河院の視点から見ても、この絵巻の表現は生き生きとは見えてこない。そこで、鎌倉時代に高野山と領域争いをしていた粉河寺が作ったものではないか、という仮説を立てたそうです。そのような状況の中に絵巻を置いてみると、絵に描かれた様々な表現が、生き生きと意味をもって見えるものになるとされます。

 では、「絵の様々な表現が、生き生きと見えてくる」とはどういう意味なのでしょうか? スライドを用いて、他の絵巻の中の表現と比べながら解説して頂いた内容から、少しだけ抜粋してみたいと思います。



『粉河寺縁起絵巻』 第3段 粉河寺蔵
(外部リンク:wikimedia commons)
第二話での病の娘の表現


まず、「粉河寺縁起絵巻」の病床に伏す長者の娘の表現に注目してみましょう。顔は苦痛にゆがみ、胸ははだけ、足先まで見える全身には赤い斑点で病気が表現されています。また、手前右と奥の看病をする侍女は、顔をしかめたり、笑うそぶりを見せたりしています。

亀井さんのお話では、こうした表現は、他の中世の絵巻における病気の表現と比べると、特別であることが分かるそうです。





『春日権現験記絵巻』 第9巻第2段 宮内庁三の丸尚三館蔵
大病を受けた都の貧しき女の表現との比較

「春日権現記絵巻」では貧しい家の妻が重い病にかかってしまい、自分が死ぬ前に息子を僧にしたいと願い、興福寺の僧の計らいにより息子の出家姿を見ることができたという話が語られています。この女性は瀕死の病人ですが、着物も白く綺麗で乱れていません。また、食べ物や飲み物も用意されており、世話をする人々も一生懸命見守っていて、貧しい身分でも尊重されて描かれています。





『桑実寺縁起絵巻』 上巻第2段 桑実寺蔵
病に伏せる天智天皇の娘 阿閇姫との比較

「桑実寺縁起絵巻」では都に五種の霊病が起こり、天智天皇の娘、阿閇姫も大変な病にかかってしまいます。しかし、「粉河寺縁起絵巻」と比べると、顔は真っ白で、髪の毛もまっすぐ長く描かれています。付き添いの侍女も、背中に手を当てて気遣っています。

このように、これらの他の絵巻と見比べると、「粉河寺縁起絵巻」の病気の娘の表現は、特別であることが分かります。また、亀井さんの解説では、同じ「粉河寺縁起絵巻」の中で、娘が出家する時の姿と比べても、非常に対照的な表現になっているそうです。





『粉河寺縁起絵巻』 粉河寺蔵
第二話の中での長者の娘の表現の違い
第5段 出家する時に剃髪される場面 (外部リンク:wikimedia commons)
第3段 病に伏せている場面 (外部リンク:wikimedia commons)

「粉河寺縁起絵巻」第5段にて、出家する時に剃髪をされる場面では、病気の時と比べて、衣服ははだけておらず、髪の毛もまっすぐ長く伸びており、顔の表現を見ると、目は一本の線を引いたように、鼻はひらがなの「く」の字のように、引目鉤鼻(ひきめかぎはな)という美人を描く型を使って表されています。





「六道絵」十五幅のうちの「人道不浄相幅」 壊相  聖衆来迎寺蔵
現存する最古の九相図「人道不浄相幅」との比較

それに対して病気の娘は、「人道不浄相幅」の壊相の表現に近いと思えるそうです。これは「九相図」という死体が腐っていく様子を描いた仏教絵画で、現世の人の体が不浄なものということを意味しているそうです。亀井さんのお話では、他にも中世の九相図は色々残っていますが、見た限りでは、全て女の人の体で表されているそうです。これは、男性の仏教の修行僧に対して、女性はこんなに汚いのだから欲望や愛欲を持ってはいけない、という戒めの絵と言われているとのことでした。


さて、レクチャーの中で、亀井さんは「固有名詞が大事」と話されています。この病気の娘の父親については、絵巻の詞書に「河内国讃良郡に長者ありけり」とでてきます。そこで「河内国讃良」について調べたところ、「讃良荘の地頭職が承久3年(1221年)以降、高野山の僧のものとなる」ということが分かったそうです。そうであるなら、承久3年以降であれば、「讃良郡の長者」が「高野山領の長者」であると考えることが可能になります。

そして、もう一つの歴史的な史実として、粉河寺は13世紀前半から高野山と領地の境を巡って争っていたことから、その高野山領であろうと思われる讃良の長者の娘は、粉河寺が実際に敵対していた高野山の領地の娘、つまり敵側の長者の娘と考える事が出来るそうです。このように考えると、粉河と長者の家が対照的に描かれている理由や、娘が高野山領の父の在所で病気に伏せているときはひどい姿で、粉河に来ると美しい姿で描かれている理由も推測できます。また、亀井さんはこうして敵を貶めるのにその家の女性を酷い姿に描いて表現している=女性像を使って表しているということが、ジェンダー研究の視点から面白いと話されていました。



 今回のレクチャーは、図書館との共同開催ということもあり、いつもより多くの学生や大学関係者が聴講されていました。お話の中にもあったように、中世のある絵巻の新たな見方や解釈ということのみではなく、「既存の価値や基準、観念に捉われずに対象と向き合うことで、そこから新たな意味が生まれる」ということを、まさに実践した素晴らしい内容だったと思います。そして、美術図書のなりたちには、編集者と著者の信頼関係が最も大事なことだと感じました。

最後に、お知らせをするのが遅くなりましたが、亀井若菜さんの『語り出す絵巻』は平成27年度の芸術選奨 評論等部門にて、文部科学大臣賞を受賞されました。本学の大学図書館にも所蔵がありますので、皆さんにぜひ読んで頂ければと思います。

----執筆  
芸術表象専攻研究室 齊藤

2016年3月10日木曜日

芸術表象専攻 卒業制作展のお知らせ

みなさん、こんにちは。
2015年度 芸術表象専攻による卒業制作展と学外展のお知らせです。


【女子美術大学 卒業制作展】

 2016年3月11日(金) 〜 3月13日(日) 10:00 − 16:00
 芸術表象専攻による展示場所は以下の教室になります。

 女子美術大学 相模原キャンパス
 ・1号館5階 151教室、153教室
 ・12号館1階 1214教室


卒業制作展 最終日には、芸術表象専攻の優秀卒業研究発表が行われます。
同時に開催される大学院生による修士論文発表と合わせて、ぜひご聴講下さい。

【芸術表象専攻優秀卒業研究および大学院修士論文発表会】
 2016年3月13日(日) 13:00〜
 女子美術大学 相模原キャンパス 2号館 224教室




また、3月17日からは横浜のBankART Studio NYKにて、
芸術表象専攻の学部生および芸術表象研究領域の大学院生による、学外展が開催されます。
ゲストとのギャラリートークも予定しておりますので、こちらもぜひご来場下さい。

【 疑い・調査・実践 】
 女子美術大学 芸術学部 芸術表象専攻 卒業研究展 (学外展)

 2016年3月17日(木) 〜 3月20日(日) 11:00 − 19:00
 BankART Studio NYK / 3C gallery (神奈川県 横浜市 中区 海岸通 3-9)

 オープニング・パーティー 3月17日(木) 17:00 −

 ギャラリー・トーク 14:00 − 16:00
 3月19日(土) 良知 暁 (アーティスト) × 杉田 敦 (美術批評・本専攻教授)
 3月20日(日) 井上 文雄 (CAMP主宰) × 杉田 敦 (美術批評・本専攻教授)





2015年11月30日月曜日

芸術表象論特講 #10


芸術表象論特講 第10回のゲストは演劇批評・編集者の藤原ちからさんです。



 藤原さんは2011年からBricolaQを主宰されており、劇評をはじめとした様々な分野への執筆や、フリーランスの編集者としてカルチャー誌や書籍に携わるなど、演劇を軸としながら非常に幅広い活動をされています。また、最近では本牧アートプロジェクト2015のプログラムディレクター、アジア舞台芸術祭APAFアートキャンプ2015のキャプテンも務められています。


 今回のレクチャーでは、藤原さんが2014年から行われている遊歩型ツアープロジェクト『演劇クエスト』の"マニラ夢の迷宮編"を中心にお話をして頂きました。さて、演劇クエストとは一体どのようなプロジェクトなのでしょうか。藤原さんのBricolaQウェブサイトには以下のように記されています。
「冒険の書」に記された選択肢を手がかりに、広範なフィールド内を自由に移動する遊歩型ツアープロジェクト。参加者は迷子のようにさまよい、人々の夢や生活やエートス、都市の歴史、亡霊のような言葉、土地の精霊……などに遭遇します。
▼演劇クエストとは? - BricolaQ より

 演劇クエストで用いられる「冒険の書」は、パラグラフとして小説や詩・エッセイなどから様々な引用が使われており、参加者はかつてのゲームブックのようにパラグラフの選択肢を幾度となく選びながらマップと文章を手掛かりにフィールドを彷徨って行きます。演劇クエストの最初のバージョンは、ヴァルター・ベンヤミンにより19世紀の近代都市パリをテーマに書かれた『パサージュ論』からインスパイアを得たそうです。(パサージュとは、現在でいうアーケードのような商店街を兼ねた歩行者用通路。ガラス製の屋根や大理石、モザイクタイルによる舗装など豪華な装飾がされ、両側の店舗に並ぶ様々な商品を眺めながら当時の入り組んだパリの街を雨風や馬車を気にせず歩くことが出来た。)19世紀のパリでは、街をぶらぶら歩き何かを見出そうとする人々が現れ、彼らはベンヤミンにより「遊歩者」という言葉で論じられています。この「観光ではなく、遊歩する」ということが藤原さんにとって大きなテーマになったとのことで、第一回の冒険の書にはベンヤミンからの引用も多く出て来るそうです。

これまで開催された演劇クエストの一部は、参加者による「冒険の記録」がアーカイヴされており、こちらのサイト『演劇クエスト・冒険の記録』で閲覧することが出来ます。シナリオに沿って進みつつ引き起こされる参加者それぞれの感情、つぶやき、記憶、思い出などは、実際に参加したことがなくとも心惹かれる内容で、おもわず読み耽ってしまいます。興味がある方は是非読んでみて下さい。



 演劇クエストはこれまでに「京急文月編」「本牧ブルース編」「港のファンタジー編」「横浜トワイライト編」が開催されており、今回のレクチャーで解説して頂いた"マニラ夢の迷宮編"は、今年の5月にフィリピン・マニラでの「KARNABAL Festival 2015」にて、ワークインプログレスとして発表されています。藤原さんは、演劇クエスト初の海外進出となるマニラでの開催にあたり、2週間以上現地でリサーチをされたとのことで、レクチャーの冒頭では、まずフィリピンの首都マニラがどのような街で、どのようなことが起きているかということについて、雰囲気だけでも共通認識として得るために、藤原さんが本日のために編集をして下さったという映像を見せて頂きました。




藤原さんたちが参加した「KARNABAL Festival」は3年計画のフェスティバルで、今年がその1年目という始まったばかりのプロジェクトです。"Performance and Social Innovation"というスローガンにあるように、単に演劇やパフォーマンスを劇場で上演するだけでなく、参加型、祝祭型など様々な形態のプログラムが開催されているそうです。(BricoraQの「マニラ滞在記」には藤原さんが現地で鑑賞・体験したプログラムについても述べられており、こちらもぜひ一読をおすすめします。)また、「KARNABAL Festival」はJapan Foundation(国際交流基金)からの助成を受けており、2020年の東京オリンピックを控えて、現在様々な文化予算が出ているものの、オリンピック以後にそうした助成が削減される可能性も考慮しなければならず、現在の状況は残り5年という時限付きのチャンスとも言えるというお話もありました。


 メイン会場は二つあり、ひとつはフィリピン大学の敷地内にあるヴァルガス美術館、もうひとつは民間のパペット・ミュジオ(Teatro Papet Museo)という人形の展示などもおこなっている人形劇の劇場だそうです。特徴的なエピソードとして、現地では開演時間が押すこともよくあるそうですが、藤原さんが観劇した日は終演時間も延びて深夜12時頃まで騒いでおり、さすがに地域の警官が静かにするようにと注意に来た際に、関係者が息子の知り合いだと分かると「じゃあいいや」となってしまったそうです。藤原さんは、これは良くない所でもあり政治の汚職と紙一重の部分もあるが、システムで動くのではなく、人と人の直接の距離感で動いているように感じられたと話されています。

本来、演劇クエストは「冒険の書」を手に参加者が一人一人歩くというプロジェクトですが、今回のマニラではそれが難しく、映像という形式で発表されています。その理由として、一つは治安がかなり悪く一人では危険があること、そしてもう一つは、マニラの人は普段から地図を使う習慣がなく、日常的に俯瞰で自分の位置を確認することがないと話されていました。例えばタクシーに乗った際も、運転手はまず大体の場所まで行き、そこから通行人に尋ねながら目的地まで辿り着くそうです。

藤原さんが発表したワークインプログレスは、現地のアーティストと組んでディスカッションなどを重ねた結果を、15分間の映像(パワーポイント)で制作し、その操作を舞台上でおこなうというパフォーマンスをされています。映像をパフォーマンスの中に取り入れる手法は、日本でもわりと最近使われているそうで、日本語と英語のインストラクション(指示文章)を交えながら進んで行くこの映像は、YouTubeでも公開されており、こちらから観ることが出来ます。
ENGEKI QUEST in Manila Dream Labyrinth」(YouTube)


「マニラ・夢の迷宮編」からのスクリーンショット(4分割)
マニラの人が地図を普段使わないことについても触れられています。
会場にいた現地の人たちは果たして何番に挙手をしたのでしょうか?
映像や写真が流れていくだけではなく、演劇クエストで使われる「冒険の書」のような
インストラクションやパラグラフの引用などが織り交ぜられており、観るというより参加をしながら
演劇クエストを少しだけ疑似体験しているような感覚になります。

この発表(パフォーマンス)をした際、現地では会場からの反響も良く手応えを感じられたそうです。印象的だったのは、藤原さんは演劇批評をしてることもあって、「"パフォーマンスと客席の関係" についても気になっている」と述べられており、レクチャー中にも「こうして喋っているのはライブ感はあるのだけど、研ぎ澄まされていない感覚が自分の中にはある。一方で文字にすると、他に言いたいことがあるのだけれど、1行に納めるということがひとつの効果を生み出すと感じている」と話されています。また、リサーチ期間を含め、計19日間マニラに滞在されている中で、毎日アーティストたちとディスカッションを重ねていると、最後の方は、現地の人に合わせて英語で喋らなければならないことに一種のストレスを感じていたそうで、こうした文字によるやり方は「一言も喋らずに、けれどもコミュニケーションを取る意思を示せる」とも仰っていました。


 今回のレクチャーでは、この他にも藤原さんが、京都の劇団『地点』の公演に帯同し中国・北京に滞在した際のお話や、韓国で「災害後の演劇」について現地の批評家・演出家と対話をした際のお話など、様々な内容についてお話して頂きました。演劇クエストは、聴講生にとって自分たちが普段制作や研究をしている美術・アートとはかなり異なる形態のプロジェクトであり、なおかつ近年各地で開催されている国際芸術祭などで、街や地域に設置された作品を観て回るような鑑賞の仕方とも異なる「遊歩」という、ある種形容し難いような魅力を持ったものだということが、藤原さんのお話から伝わって来ました。


藤原さんによるBricolaQはこちらになります。
http://bricolaq.com/
今年10月には兵庫県城崎町にて「演劇クエスト 天下無敵の城崎温泉編」が開催されており、今回の記事では紹介出来なかった色々なコンテンツが掲載されています。

また、藤原さんがプログラムディレクターを務める「本牧アートプロジェクト」は
12月12日(土)・13日(日)に、横浜・本牧エリア一帯で開催されます。
こちらもぜひご覧になってみて下さい。
http://honmoku-art.jp/2015/





2015年11月13日金曜日

芸術表象論特講 #8

6月24日に行われた芸術表象論特講、今回のゲストはアーティストの中上清さんです。



1970年代から画家として活動されている中上さんは、横浜や東京を中心に毎年個展をおこなっており、2008年には神奈川県近代美術館(鎌倉)にて回顧展「絵画から湧く光」を開催されています。また第10回インド・トリエンナーレをはじめ、パリ、ニューヨーク、ソウル、ベルギーなど国外でも活躍されています。そして、1995年に日本画専門の美術館である山種美術館にて開催された「今日の日本画 第13回山種美術館賞展」では、カンヴァスにアクリル絵具で描く中上さんの作品が推薦されており、日本画という枠組みを巡り当時の議論に影響を与えたことでも有名です。

「自分はあまり人に教えたことがなく、また教えられたこともあまりないので...」と冗談を交えながら始まったレクチャーでは、中上さんが初めて個展を開いた頃から近年に至るまで、40年にも及ぶ作品の流れや変遷について解説して頂きました。


中上さんは高校卒業後、1971年から横浜のBゼミ(現代美術ベーシック・ゼミナール)に通われており、その年の10月に富士見町アトリエにて初個展「中上清−−12の平面による−−」を開催し、作家としてデビューされています。

中上さんがデビューした次の年の展示風景 (1972年)
この最初の立体作品シリーズは、翌年に横浜市民ギャラリーで開かれた「EXHIBITION Bゼミ」にも継続されています。台形や三角形と枠のように伸びている部分は、元々およそ30㎝×90㎝の長方形であり、それを45°の角度で10㎝ずつ切り出して展開させているとのことです。









壁面に沿って掛けられた三角形の作品(1974年)
1974年のこの作品は、正方形を45°で斜めに切った形を反対に持ってきてあり、外形が内で繰り返すように構成されています。この頃は「面」というものは描くものなのか?置くものなのか?それとも作るものなのか?という意識があったと話されており、この作品は画面の中に「置く」意識の方が強くあったそうで、アルミパウダーを用いてシルクスクリーンで刷ったものが置かれていて、米国の作家フランク・ステラへの意識もあったと話されていました。



その後に中上さんは、斜めの線を繰り返し描いたドローイング作品を制作されています。1975年の横長の大きなドローイングは、アクリル板の裏側からダーマト(グリースペンシル)で描かれており、フレームとの関係を意識されています。
ドローイングのシリーズのひとつ
裏側から線を描く作品は、右利きのため画面を縦横90°回転させて描いたそうです。
北澤先生からの補足によると、1975年という時代は「トランスアヴァンギャルディア」というアヴァンギャルドを否定して絵画や彫刻という歴史的なメディアを、そして人間の身体性を取り戻そうとする動きが出て来た頃であり、この辺りから世の中に「描く」というか「絵画」が前面に出て来たそうです。




カンヴァスに斜めの角度が付いた1979年の作品
神奈川県近代美術館での回顧展にも展示されています。
カンヴァスの側面も塗られており絵画の平面性や空間についても考えされられます。
1979年のこの作品は、カンヴァスを斜めに傾けて置かれ、そこに垂直線と水平線が引いてあり、そして更にそこから得られる幾つかの線が描かれています。当時なぜこのようなことをしていたかの理由として、中上さんは「ドローイングの作品もそうだったけれど、カンヴァスの中に形が描けなかったんだよね。作ることが中々出来なくて、端から追う。そういうようなことしか出来なかった。」と話されています。


色彩や構図が特徴的な1980年の作品
この構成は以前から試みていたそうです。

その後、中上さんは画面を三分割した特徴的な構図のシリーズを継続して制作されています。この作品は隣同士が補色になるように色が選ばれており、60年代から70年代前半にあった「もの派」などの禁欲的な流れを引き継ぎながらどうやって色を復権させていくか、という当時の実験的な時代背景との関係性も興味深いお話でした。このシリーズは以降構図の一部に円や曲線が加えられていきます。






画面中央に金色が大きく使われている1983年の作品
この辺りの作品はみんなメタリックが使われているとのことです。

1983年に中上さんはアメリカに行かれており、その頃の作品では画面に大きくメタリックカラーが用いられています。以前はマチエールを否定されていたそうですが、アメリカから帰国後に描くようになったと話されていました。また、このメタリックカラーは作品の構成や手法の変化を伴いながら今日まで使い続けられています。








1986年に入ると、箔のようなマチエールが表れています。これはローラーで金の絵具を塗っているとのことで、本来ならばムラを付けないためのローラーであえてムラを出していると解説されていました。この年に制作された作品は、2004年に開催された東京国立近代美術館での「琳派 RIMPA」展に出品されています。レクチャーでの印象的なエピソードとしては、尾形光琳の紅白梅図屏風の「金箔」問題と関連した話が興味深いものでした。(2002年の調査では金箔ではなく、金泥を筆で箔のように描いていると鑑定され話題になっていましたが、2010年に再調査したところやはり金箔を使っていたという結果が報告されており現在も議論されています。)




また、この頃(実際にはこの2年前からとのこと)の作品には、額縁を横にして一辺だけ付けたような桟が付けられています。北澤先生との話によると、カンヴァスの側面部分を塗ることと同様に、絵画に物体性を与えるということ、人間の身体性の痕跡をなるべく残さない。絵画への危機感におそらく関与しているということです。












その後、年々変化していく作品の解説を交えながらレクチャーは進んでいきました。
1997年にソウルの国立現代美術館にて開催された「日本現代美術展」に出品された作品では、正方形や菱形の箔足は無くなり、新たな印象を感じさせられます。上方に伸びる金色の絵具は、筆もローラーも使わず、風を当てて描いているとのことで、材料を変えたことによる鱗状のマチエールも特徴的です。






さて、ブログの都合上紹介出来る内容も残り少なくなってきました。こちらはレクチャーの最後に解説して頂いた2015年の作品です。中上さんは「光」について尋ねられた際に、絵画について「光と空間」があれば絵画は成立するだろうと自分の中で考えているとお話されています。また、昔の若い頃は実験のようなことをやっていたが、途中からどこかで中学生や小学生の頃に「ああ、絵描きになりたいなあ」と考えていたところへ少しずつ戻っていくような思いがあるとも述べられていたのが、この作品と解説と重なるようでとても印象的でした。



 今回の芸術表象論特講は、中上清さんという一人の作家による40年にも及ぶ作品の数々を90分の中に詰め込んだ非常に濃厚な内容でした。特に、当時の美術動向の時代背景を補足しながら、中上さんが作家として活動を始められた20代の頃の作品から解説して頂いたことは、聴講生にとって貴重な機会であったと思います。個人的には、中上さんの作品が少しずつ展開していくことについて話されていた中で「一遍にすべてを捨てるわけにはいかない」という言葉が、人間の成長や歩みを表しているようで、とても心に響きました。

中上さんが2008年に神奈川県近代美術館にておこなった個展「絵画から湧く光」の展覧会カタログは、本学図書館にも所蔵があります。また、毎年おこなわれるギャラリーでの個展のほか、各地の美術館への出品、東京国立近代美術館への収蔵もされていますので、ぜひ作品をご覧になってみてください。

2015年10月23日金曜日

女子美祭2015 開催中です!

みなさんこんにちは!

女子美祭が今年も始まりました。
本日23日(金)から25日(日)まで、3日間に渡り開催しています。
芸術表象専攻では、12号館1214教室にて、3年生を中心に企画されたワークショップが行われています。

今回のタイトルは「彩り☆ノーズ」〜においに色を塗るワークショップ〜
どこで開催しているのか、どのような内容なのか?
少しだけみなさんにご紹介させて頂きたいと思います。


12号館の入り口はこちらです。
野外ステージ正面から向かい側に建物があります。



12号館に入り、1階をそのまま進んで行くと会場の1214教室があります。
さっそく順番待ちが出来ていますね。



ワークショップ受付です。

「におい」から想像した色で、手渡された紙を彩ってみて下さい。
と受付の学生が説明してくれます。
パレットに絵の具を出してから、会場にたくさん置かれた小瓶の匂いを嗅いでみましょう。



見学に訪れている付属生の方たちがワークショップを体験しています。
「えーっ!これ何のにおい!?」と、楽しそうな声が上がっていました。

普段は当たり前に感じている匂いは、視覚なしではどう感じるのでしょうか?
またそこから思い浮かぶ色彩とは一体どんなものなのでしょうか?

会場の奥には解答コーナーも設置されています。
興味がある方は是非ワークショップを体験してみて下さい。


女子美祭では、他にもさまざまな専攻の展示や有志による展覧会をはじめ
フリーマーケットやトークショーなどイベント・企画が盛り沢山です!
10月23日〜25日まで3日間開催していますので、みなさんも是非いらしてみて下さい。