2014年1月29日水曜日

芸術表象論特講#18

こんにちは。今年になってからまだ1ヶ月、たっていないんですね。
1月15日におこなわれました、「芸術表象論特講」18回目のレクチャーについて少し報告したいと思います。
今回のゲストは、美術史家の金惠信さんでした。



金さんは2010年におこなわれました、女子美術大学創立110周年記念事業シンポジウム「現代アジアの女性作家」にて講演されたことがあります。
今回は、「社会と歴史を着こなして、見せるーーイ・ブルの韓国近現代史ルーム」というテーマでお話ししてくださいました。

近年、冬のソナタや東方神起、BIG BANGといったやドラマ(俳優を含む)やK-Popなどのカルチャー面が数多く見受けられます。例えば、ガールズグループの「少女時代」は、女性達が世の中を治める時代が来たという意味合いで命名されたそうです。彼女達のすらりと伸びた長く奇麗な足は、デビュー当初CGではないかと言われたほどでした。
韓国でセンセーショナルを引き起こした「少女時代」ですが、彼女達のように韓国の美術界にセンセーショナルを引き起こし、現在は確固たる地位を確立した女性アーティストに、「イ・ブル」がいます。
昨年、森美術館にて「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに―アジアを代表する韓国女性アーティスト、初の大規模個展―」として展覧会が開催されました。この展覧会を中心に、イ・ブルというアーティストと韓国の現代における美術について見ていきました。

イ・ブルは1964年生まれでソウル在住、弘益(ホンイク)大学で彫刻を専攻しました。弘益大学は韓国の美術界を二分する大学のひとつで、もうひとつはソウル大学なのだそうです。韓国の美術界が嫌でもイ・ブルの名前に目を向けなければならなくなったきっかけは、1989年に発表した舞台パフォーマンス《堕胎》でした。これは、裸体のイ・ブルが天井から足を上に、頭を下にした状態で吊るされ続けるパフォーマンスで、あまりの衝撃で泣き出す人がでたりし、鑑賞者たちが見かねて彼女に近寄り紐を解いたという。妊娠と出産の最適齢期に裸体をさらけ出すことで、人間を生むことの行為を、彼女のやり方で表現したそうです。イ・ブルはこの作品以降、女性の身体につきまとう決まりを捨てるかのような行為を作品にしていったそうです。

イ・ブルが活動を始めた1987年頃、韓国では民衆美術などが台頭していたそうです。これには、当時の時代の流れが大きく関係しています。
1979年に朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺され、軍事政権がしばらく続きました。1980年に入ると、民主化抗争がおこり、国内では学生運動やデモなどの激しい活動がみられるようになりました。
この頃、美術界はモノクロ絵画に代表され、抽象傾向がマンネリ化し前衛さが失われていきました。さらに、現実に目を向けて発言するリアリズムを取り戻す動きや、民衆美術が台頭してきました。金さんは、この時に大学生だったそうで、当時先生から民衆美術は怪しい美術だと教えられたそうです。
そして美術は、学生運動や民衆の運動の際に、大事な役割を果たします。運動に関係するメッセージ性のある絵画などを制作し掲げることで、運動に参加している人たちには一種の高揚感が生まれたそうです。制作する側も、完成度や芸術性は別とすることや、描きがいがある題材ということもあり、熱が入っていたのでしょう。一見すると政治とは無関係なところで、美術界の人々は燃えていました。
1987年に延世大学の学生が催涙弾の破片にあたり亡くなる事件がおきました。倒れた学生を抱える別の学生の姿を写した写真がロイター通信に掲載され、それをアーティストがが版画にして配布したそうです。また、追悼集会では、彼のことを描いた大きな絵を掲げました。

このような時代を経て1990年代に入ると、女性のアーティストが美術界へ進出し始めました。イ・ブルもこの時期に出てきます。
先述した舞台フォーマンス後、《受難遺憾ー私をピクニック(散歩)に出た子犬だと思うの?》(1990)を発表します。これは、ソフト・スカルプチャーによるなぞの生物を着たイ・ブルが、街をうろつく映像でした。その中で金さんは、今、韓国の美術界で問題となっている作品、イム・オクサン《ひとつになるために》(1989)を引き合いにしました。この《ひとつになるために》は、民衆美術の代表的な作品であり、朝鮮半島を韓国と北朝鮮に分断している38度線を軽々と越える反体制でクリスチャンの牧師を描いた、民衆同士の付き合い方を問う作品です。しかし北と南の境界を曖昧にしているということで、展示を拒否されたそうです。イ・ブルの作品にも、少し異なるかもしれないけれど境界を越えるというようなジェンダー性が表れている。女性アーティストはこれからのジェンダー拡張社会でどうやって注目されるかが大事であるが、金サンは、イ・ブルがこれから何処へ行くのか心配になってしまったそうです。

1997年に本物の魚をかんざしなどで飾り付けた《壮麗な輝き》を発表。この後、壁に突き当たります。
しかし翌年、《Monster》と《Cyborg》シリーズを発表。これは、スパーヒューマンパワーとテクノロジー、少女の弱さと美しさを備え、男性の性的欲望を満たしている様に見えて裏切るような作品です。アニメーションにある女性の戦士のキャラクターからのイメージも入っているようです。イ・ブルといえばこの作品と言われるほどの代表作となりました。そして1999年、ヴェネチィア・ビエンナーレの韓国代表となり、特別賞を受けました。こうして、イ・ブルは韓国美術界だけではなく、世界における美術界でも確固たる地位を確立しました。

2007年に発表した《雪解け(高木正雄)》は、薄いピンク色の氷の中に、韓国の大統領であったパク・チョンヒが横たわっている作品です。「高木正雄」とは、日本統治時代に、パク元大統領が名乗っていた日本名だそうです。

森美術館の最後の展示室にあった《秘密を共有するもの》(2012)は、イ・ブルが飼っていた犬がモチーフとなっています。イ・ブルは、朝起きてからコーヒーを飲みながらドローイングをするのが日課で、飼っている犬が外を眺める姿を見ることが多かったそうです。犬は年老いているためか、消化が悪く、草を食べては吐き出すという行為をしていたそうです。若い頃は成長するために食べる行為をするが、年老いてからは生きる為に食べた物を吐き出す行為をする。これが作品となったそうです。

国が違うと、作品の背景にあるものも違ってきます。韓国は近い国のはずですが、私達は知らないことが多すぎるような気がしました。学生たちには、作品だけを見て何かを感じるのもいいですが、そのアーティストが背負っているものに寄り添う必要も大切であることを、感じてもらえたのではないでしょうか。


それでは。

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